2013年10月23日

東牟婁郡請川村の須川氏について(口語訳1)

東牟婁郡請川村の須川氏について(口語訳1)」をUP。

 東牟婁郡請川村に須川氏が多く、その内の若干は郡内有数の豪家であったと聞こえ、有名な玉石麿礼彦氏もその分れという。

 今から百余年前、須川徳卿という者がいて算学で名高く、かつて尾張の徳川家から召されたとき、自分で行って、自分の藩を出て多藩に仕えることは本意ではないと、断って帰って来た。この人の前にある熊野川を下り来る船をソロバンで置き留めたという。算術で人を笑わせ続けた話が『宇治拾遺物語』に見え、種々の天変を興した話が『吾妻鏡』に出るところを見ると、昔は名算家と讃えるあまりこのようなことを付け加えたらしい。


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2013年06月26日

南方マンダラTシャツ

南方マンダラTシャツ

南方熊楠顕彰館オリジナルの熊楠Tシャツの2013年の新作。
南方熊楠顕彰会役員を務める私(てつ@み熊野ねっと)がプロデュースした熊楠グッズ第2弾です。
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2012年11月14日

ナギについて

ナギについて」をUP。
「花さく庭木の話」という随筆からナギに関する部分だけを抜き出しました。

 ナギの花は初夏にさくも目だたない。定家卿の詠に、「千早振る熊野の宮のなぎの葉を変はらぬ千代の例(ためし)にぞをる」。その常緑の葉を神威の尽きざるによそえて社頭に植えたのだ。紀州切部王子のナギの葉をかざして熊野へ参ること、『保元物語』に見え、これをかざすと山道で蛭に吸いつかれぬといい伝う。

 木やり節に、本町二丁目の糸屋の妹娘を欲しさに熊野へ三度詣ったと大層らしく唄えど、これ何ぞいうに足らんや。畏くも白河法皇は前生に蓮華坊という沙門なりしが、熊野信心の法力で天子に再生あったと申すことで、百余度も詣でたまう。さて老後の御幸大儀とあって、都近く三山勧請の御志あり。


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2012年10月12日

英訳『方丈記』17

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英訳『方丈記』16

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