2009年10月07日

孔雀王というのか

魔王サタンのことを孔雀王というのか。知らなかった。

またついでに述ぶ、西アジアにイエジジ宗あり、その徒キリストを神の子で天使が人と生まれた者とし、アブラム、マホメットなどを予言者と尊ぶが、キリストを特に崇(あが)めず。キリスト教徒がもっとも嫌う魔王サタンを専ら尊び、上帝初め魔王に全権を委ねて世界を作らせ宇宙を治めしめたが、後自分を上帝同等に心得違い、驕慢の極みついに上帝の機嫌を損じて御前より追放された。しかしついには魔王の前功を懐(おも)うて復職され、この世はその掌握に帰すべしといいて、ひたすら魔王を拝み憑(たの)む。復活祭にキリストを祭るにただ一羊を牲するに、魔王の祭祀には三十羊を牲す。

珍な事には、その徒皆両手で盃を持つ事日本人と異ならず、また魔王の名を言わず孔雀(くじゃく)王といい、孔雀をその象徴とす。欧州で孔雀の尾を不祥とするは、キリスト教で嫌う魔王の印しだからと考える(上に引いたハクストハウセンの書二六〇頁。一八四〇年ニューヨーク板サウスゲイトの『アルメニア等旅行記』一巻二二八頁。一九二一年刊『ノーツ・エンド・キーリス』十二輯八巻拙文「孔雀の尾」)。


南方熊楠鼠に関する民俗と信念」より。


posted by てつ@み熊野ねっと at 14:12| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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